売る|提案とクロージング
この章の狙い
要点: 提案は説明ではなく選びやすさで決まる。1枚にまとめ、3案で幅を示し、出したあとは黙って待つ。
提案が通らない理由は、多くの場合3つに絞られる。課題がずれている、金額の根拠が見えない、決め方が分からない。
前章までで1つ目は潰してある。この章では、残り2つを扱う。価格の出し方と、決断の運び方である。
- 📘 クロージング:相手が決断する場面と、その手前で行う一連のやりとり。押し込むことではない。
- 📘 松竹梅:3つの案を価格帯で並べる出し方。基準がない相手に、比較の物差しを渡す。
- 📘 保留:決まらず持ち越しになった状態。期限を付けないと、そのまま消える。
型9-1 提案は1枚にまとめる
分厚い提案書は、読まれないまま社内を回る。要点は1枚に収める。 詳細は後ろに付ければよい。
⚡ 1枚に入れる5項目
- 課題 — 前章の課題定義文をそのまま
- やること — 何を、どこまでやるか(範囲)
- やらないこと — 範囲外を明示する
- 金額と期間 — いつ始まり、いつ終わり、いくらか
- 次の行動 — 決まったら何が起きるか
3番目を書く人は少ないが、ここがあると信頼が上がる。 範囲外を先に言う提案は、後で揉めないことが読み手にも分かる。
実践:課題は相手の言葉のまま置く
提案書の冒頭で、相手が言った言葉をそのまま使う。
「毎月末に2人×3日が請求書の転記で失われている」
自分の言葉で書き直すと、相手は自分の課題として読まなくなる。冒頭の1行で「分かってくれている」と思わせられるかどうかが、その先の読まれ方を決める。
型9-2 価格は3案で出す
1案だけを出すと、相手の判断は「やるか、やらないか」の2択になる。3案を出すと、「どれにするか」に変わる。
⚡ 3案の作り方
- 松(上) — 本来やりたい形。範囲が広い
- 竹(中) — 最も勧めたい形。ここに落ちるよう設計する
- 梅(下) — 最小限。始めるための入口
3案は金額だけを変えるのではなく、範囲を変える。同じ内容で値段だけ違うと、高い案が不当に見える。
実践:値引きではなく範囲で調整する
「予算が合わない」と言われたときの対応は2つある。
| 対応 | 起きること |
|---|---|
| 値引きする | 同じ仕事が安くなる。次回もその価格が基準になる |
| 範囲を削る | 金額に見合う仕事量になる。価格の基準は保たれる |
値引きの依頼には、範囲の調整で答える。 「その金額でしたら、この部分を外す形になります」と言えると、価格が信用を失わない。
一度の値引きは、その相手との今後すべてに効く。安くできた事実は、必ず次の交渉で参照される。
⚠️ 価格でやりがちな失敗
- 提示する前に、自分で高いと思って金額を下げる
- 相手が黙った瞬間に「調整できます」と言ってしまう
- 根拠を説明せず、総額だけを出す
型9-3 金額の根拠を先に置く
金額は、単体では高いか安いか判断できない。比べる対象を先に置く。
⚡ 根拠の置き方
- 損失と比べる — 「月に◯時間、金額にして◯円が失われています」
- 代替手段と比べる — 「人を1人雇うと年◯円かかります」
- 期間で割る — 「12か月で割ると、月あたり◯円です」
順番が大事である。損失を先に置き、金額を後に出す。 逆にすると、相手は金額の大きさだけを見る。
実践:数字は相手が言った数字を使う
自分が調べた相場より、相手がヒアリングで口にした数字のほうが強い。「先ほど月末に3日とおっしゃっていましたので」と前置きすると、根拠が自分の主張ではなくなる。
数字が出ていない場合は、提案の前にもう一度確かめる。根拠のない金額は、値引き交渉を必ず呼ぶ。
型9-4 出したあとは黙る
金額を伝えた直後の沈黙は、こちらにとって最も気まずい数秒である。ここで説明を足すと、たいてい値引きか譲歩を自分から差し出すことになる。
⚡ 提示後の3つ
- 金額を言い切って、そこで止める
- 相手が話し始めるまで待つ(10秒でも待つ)
- 質問が来たら答える。来なければ「いかがでしょうか」と1つだけ聞く
沈黙は拒否ではない。相手は頭の中で計算している。 その計算を邪魔すると、判断材料が増えないまま「検討します」に落ちる。
実践:クロージングの言い回し
| 場面 | 言い回し |
|---|---|
| 決断を促す | 「進めるとしたら、どこが引っかかりますか」 |
| 次の一歩を小さくする | 「まず梅の案で1か月試して、続けるか決めるのはいかがですか」 |
| 不安を先に出す | 「気になっている点があれば、いま伺えると助かります」 |
| 決まったあと | 「ではこの内容で進めます。◯日に着手します」 |
1つ目が効く。「いかがですか」より「どこが引っかかりますか」のほうが、本当の障害が出てくる。障害が言葉になれば、次章の反論処理で扱える。
型9-5 決まらなかったときの終わり方
その場で決まらないことは普通である。問題は、保留の置き方である。
⚡ 保留に必ず付ける3つ
- 期限 — 「いつごろまでにお返事いただけますか」
- 判断材料 — 「決めるために、あと何があれば足りますか」
- 次の接触 — 「◯日にこちらから確認のご連絡をします」
3つとも入っていない保留は、そのまま消える。「検討します」で終わらせず、上の3つを聞いてから終える。
実践:断られたときに1つだけ聞く
断られた直後は、次の営業の材料が最も取れる場面である。感情が動く場面だが、1つだけ聞く。
「差し支えなければ、決め手になったのはどの部分か教えていただけますか」
価格なのか、時期なのか、他社なのか、そもそも課題の優先度なのか。理由が分かれば、次の提案が変わる。 分からないまま数だけ増やしても、同じ場所で断られ続ける。
⚠️ 断られたあとにやりがちな失敗
- その場で値引きを持ち出して引き止める
- 理由を聞かずに引き下がる
- 気まずさから連絡を絶ち、関係ごと失う
実践:提案1枚の書き方
実際に書くと、次のような形になる。項目名はそのまま見出しに使ってよい。
| 項目 | 書く内容の例 |
|---|---|
| 課題 | 「毎月末に2人×3日が請求書の転記で失われている」 |
| やること | 「請求データの自動連携と、月次の確認作業の代行」 |
| やらないこと | 「会計ソフトの入れ替え、税務の判断は含みません」 |
| 金額と期間 | 「初期20万円+月5万円。9月1日開始、初月で移行完了」 |
| 次の行動 | 「ご承認後、9月1日までに接続設定を行います」 |
「やらないこと」は、断りではなく境界の説明である。 ここに書いた範囲は、第11章の期待値管理でそのまま使える。
金額は、総額と内訳の両方を出す。総額だけだと高く見え、内訳だけだと全体が見えない。
⚠️ 提案書でやりがちな失敗
- 会社紹介や実績を前半に置き、課題を後ろに回す
- 専門用語で作業内容を書く(相手には判断できない)
- 有効期限や開始可能日を書かず、決める理由が生まれない
この章の型が効かない条件
決裁権のない相手には、クロージングは効かない。 その場でどれだけ良い反応が出ても、決めるのは別の人である。この場合の目標は決断ではなく、社内で説明できる材料を渡すことに変わる。1枚の提案書は、そのための道具でもある。
予算と金額が桁違いの場合、3案でも埋まらない。範囲を削っても届かないときは、無理に案を作らず「今回は合いません」と伝えるほうがよい。合わない案件を取ると、納品でも回収でも苦しむ。
緊急性がない相手は、良い提案でも決まらない。期限のない課題は、いつまでも先送りできるからである。この場合は、先送りした場合の損失を時間で示すか、時期をずらして再訪する。
押し込むクロージングは短期的に決まっても、解約と悪評で戻ってくる。 決断を助けるのと、断りにくくするのは別である。相手が断れる状態を保ったまま決めてもらう。
⚡ 第9章の通過チェック
- 提案の1枚に入れる5項目を言える(やらないことを含む)
- 3案を、金額ではなく範囲の違いで作れる
- 金額の前に損失を置く順番を守れている
- 保留に付ける3つ(期限・判断材料・次の接触)を毎回聞いている
次章へ
提案を出すと、必ず反論や不安が返ってくる。それは拒否ではなく、判断材料が足りていない合図である。次章では反論処理と断られ方を扱う。